地震発生 缶詰め電車内にて 〜その後〜
こら!君たち並びなさい!!
普通!快速!新快速!丹波路快速!サンダーバード!!
全員おしりペンペンだ!!
違う、連結部分じゃない!!
ライトを消しなさい!!
それ!
ペチッ!!!
こうか!
ペチッ!!!
これでもか!
ペチッ!!!ペチッ!!!
泣くんじゃない!お父さんの心の方が痛いんだ!!(号泣)
ということで、僕自身とみなさんのお気持ちを代弁して電車のおしりペンペンしておきました。
結論から言うと、昨日、JRの思わせぶりな態度に翻弄され、なんとかかんとか家路に着けたのは夜の10時過ぎであった。
地震発生後、内に秘めたるジャーナリズムを余すことなく発揮してブログを書きあげた後で少し待っていると、午後三時くらいにまず阪神電車と阪急電車が復旧した。
普段の大きな遅延であればJR→阪神、JR→阪急のように振替輸送が実施されるのだが、災害時はどの鉄道もダイヤが大幅に乱れるので振替はできないとのこと。簡単に言うと実費で乗り換えろということだ。
通常であればJRに後ろ足で砂をかけた後、オナラをぶっ放すくらいの勢いで阪神に乗り換えてやるところだ。しかし振替が出来ないのであればこのまま待つという選択肢も考えられる。
「うぅ…お金……」
待つことにした。
しかし先程も言ったように、JR以外の他の路線が動き始めたのだ。希望の光が一筋差した気がした。
JRももうすぐ動くんじゃね?
そうこうしている内にアナウンスが入る。
「17時以降の復旧となります」
来た。
それまではずっと「相当な時間がかかると思われます」というアナウンスしかなかったのだ。具体的な数字が入る事でグッと信頼度が増す。
17時に復旧したとして、地震発生から実に9時間も経つ形になる。僕はよく頑張ったよ。
もう車内で待つこともないと思い、外で下りの電車を待つことにした。
しばらく待っていたが風がどんどん強くなる。強風に吹かれ続けるのも意外と体力を消耗する。僕は一旦改札の方に移動して待つことにした。ちなみにカツラではない。
運良くイスが空いていたので本を読みながら座って待つ。この小説もだいぶ読み進んだ。ヨーゼフ・Kも言われのない裁判でだいぶ困っているよ。
約束の17時が近付いてきた。駅員がマイクを持って出てくる。
ついに復旧のアナウンスか……長かった……屯田オジサンもさすがに疲れたよ……。
「当初復旧の時刻を17時とお伝えしておりましたが、予想よりも点検や調整に時間がかかっております為、早くとも19時以降の復旧になる見込みとの通達がありました」
ズコーッ
ズコーズコーヘコーズコーズコー…
椅子から落ちてそのまま滑って改札を出ていきロータリーを2周半しそうなくらいズッコケたのであった。
さすがJR…プラス2時間とは。ケタ違いである。
しかしここまで待っていると2時間くらいはイケる気がしてくる不思議。終電には間に合いそう…などとぼんやり考え出す始末。半分ヤケ。
「ようし、いっちょ待ってみっか」と明らかに誤った判断を下し、19時までまたボーッとして過ごす。
すると、どうも試運転列車が走り出したとのこと。実際に電車を走らせてみて、異常が無ければ通常の運行を再開すると説明があった。
線路の方に目をやると、確かに上り方面で試運転列車が走り出している。しかし僕は下りに乗って帰らないといけない。駅員が下りの話題にまったく触れないのでソワソワしてくる。この時すでに19時半。
と、ここで三度駅員がマイクを持ちアナウンスを始めた。
「早くとも22時以降」
開いた口が塞がらない。次の瞬間、ガッデム!やファック!、シット!などの世界中の全てのチクショー的な言葉が僕の体に流れ込んで来た。
超サイヤ人100の爆誕である。
オラは理性が残っている内に、静かに阪神電車の駅に向かい、直通特急で帰路に着いた。
このようないきさつで、帰宅の時間は10時を回ったのであった。
一つ勉強になった。帰れる時に帰りなさい。多少のお金は仕方がない。その時確実な方法を素早く選択し、迅速に遂行すべし。
手前から刻むのはよしてね、JRさん。